フランスとロールズ

 ジャン=ピエール・デュピュイという人の『犠牲と羨望』という本を読んでいる。タイトルを見ると何の本だろうか、と思うだろうが、割としっかりとした、スミス、ハイエク、そしてロールズノージックについての分析本である。


 ちなみに西欧諸国のうち、ロールズの翻訳がもっとも遅れたのはフランスである。今でも、ロールズ研究の先進国とは言いがたい。そのフランスにあって、このデュピュイは早くからロールズの『正義論』の意義を評価してきた研究者である。その意味からいえば、スミス、ハイエクロールズノージックというのは、フランスにおける「食わず嫌い」選手権の間違いなく上位にあがる思想家ばかりであり、この本はそのようなフランス思想界の「鈍感さ」に対し、厳しく再考を促すものである。


 とはいえ、デュピュイは、単純にロールズを評価しているわけではなく、当然、その評価はきわめて両義的である。ロールズらは、フランスで思っているより、はるかに重要な理論家である。現代政治哲学は、いいにつけ悪いにつけ、ロールズの『正義論』を大前提にして、そこから出発するしかない。そのことを認識しないフランス思想界はどうしようもなく「遅れている」。が、さりとて、ロールズの理論図式にも、根本的な問題がある。こういうスタイルで、デュピュイは議論を展開していく。


 フランスの思想界を知る人間にはまことに、絶妙な論じ方の本なのであるが、それがピンとこない人には、何とも立ち位置のはっきりしない本に見えるだろう。


 それにしても、フランスにおいてすらきわめて立ち位置の微妙な本をちゃんと翻訳する日本というのは、たいへんなものだと思わざるをえない。とはいえ、この本が幸せな読まれ方をするとはとうてい思えない。いやはや、、、