下山事件

 戦後直後におきた怪事件の一つである下山事件に何となく関心をもち、何冊かの本を読んだ。きっかけは松本清張の『日本の黒い霧』である。この本、下山事件以外にも、帝銀事件など、多くの事件を扱っているが、どれも黒幕は米軍であり、大岡昇平から「陰謀史観だ」という批判を受けたようだ。でも、占領期の日本社会の空気を知るためには、今なお読んで価値のある本だと思う。

新装版 日本の黒い霧 (上) (文春文庫)

新装版 日本の黒い霧 (上) (文春文庫)


 下山事件に関しては最近3冊の本が出た。実はこの3冊、ソースはすべて同じであり、逆にいえば、取材源が同じなのに、3人の著者が別々の本を書くという、不思議な経緯をもっている。背景には若干、不幸ないきさつがあったようだが、3冊とも、かなり違った本になっており、どれもけっこう面白かった。

下山事件完全版―最後の証言 (祥伝社文庫 し 8-3)

下山事件完全版―最後の証言 (祥伝社文庫 し 8-3)

葬られた夏―追跡下山事件 (朝日文庫 (も14-1))

葬られた夏―追跡下山事件 (朝日文庫 (も14-1))

下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)

下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)



 柴田の本は、この事件に関する新情報をもたらした張本人の本だけに、情報量が圧倒的である。事件の背景に、国鉄の民営化や外資による買収の可能性があったとする仮説も面白い。諸永の本は、若い著者が自らアメリカに乗り込んで、重要関係者を直撃、インタビューに成功した点に価値がある。森は、今回のいきさつでは一番貧乏くじをひいてしまった感があるが、その分、たんたんと突き放した叙述は意外と説得力をもつ。政治とメディアが連動するとき、世論が一つの方向につっぱしってまう日本社会の危険性に対する指摘は、いまでもそのままあてはまる。


 これらの本はいずれも、事件が自殺ではなく他殺であったことを示唆しており、しかもその実行犯がほぼ特定されている。ただし、事件の背景については、3冊読んでみても、完全に解き明かされているとはいいがたい。



 この事件は、たしかに戦後日本社会の行方に大きな影を投げかけた事件であった。それだけに、いまなお、僕らの心をくすぐるし、その闇についての探究は魅力的である。