編集者の思い出

 僕はいままでに単著で6冊の本を出している(たぶん、間違ってなければ)。思えば、その一冊一冊に、担当して下さった編集者の思い出がある。


 最初の本は『デモクラシーを生きる:トクヴィルにおける政治の再発見』(創文社)。担当して下さったAさんは、この世界の大ベテランである。この世代の編集者は、ともかく熱い人が多かった。会えば具体的な話はどこへやら、ともかく、「学問とはどうあるべきか」、「現代社会において何か問題か」をず〜っと語り続けるのが、この世代の編集者の特徴であった。Aさんは、結局のところ、学問をする人間はプロテスタント型かカトリック型か、というのが持論で、「お前はどちらだ」とせまってこられたことをよく覚えている。一方で、たいへんな聞き上手で、はるかに若い僕の話を、「なるほど、そうですか」とうまくのせて、よく聞いて下さった。ともかく学問が好きでたまらない、という人だった。


 2冊目の本は『政治哲学へ:現代フランスとの対話』(東京大学出版会)。この本の企画を、おそるおそるTさんのところにもっていったのを覚えている。Tさんはこの当時、あるシリーズものを担当されていて、このシリーズの一冊ということでなければ、本になったかはわからない。ともかくフランスで学んだことを形にしたい一心であった。Tさんもまた、熱い世代のお一人である。「学問とは〜」と語りだすととまらない。学問に対する熱い、熱い思いに支えられた編集者である。ちなみに『政治哲学へ』というタイトルもTさんの発案であった(念頭にあったのは、アルチュセールの『マルクスのために』であった)。それから編集実務を担当されたSさんの発案で、この本は珍しい2段組になっている。下段に註があるのは悪くないと今でも思っている。その後、急逝されたSさんのご冥福をお祈りしたい。


 3冊目は『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社選書メチエ)。担当のYさんは、「あとがき」に書いたように、元仏文青年であり、元漫画編集者であった。この方の特徴は、独特の眼力である。研究書をよくフォローされていて、「これぞ」と思うと、アプローチされる(最近も、いい本を出された)。前のお二方に比べ、基本的に「クール」なタイプの編集者であるように見られがちだが、実は内に熱いものを秘めていて、気づくととふとアフリカに行って、一人で高度3000メートル以上の山に登っている人である。あと、実はドイツ観念論が好きで(カントとヘーゲルが大好きである)、僕に向かって「アメリカに哲学なんてあるんですか〜」と挑発し、プラグマティズム研究へと向かわせた原動力となったのもYさんである。


 4冊目は『<私>時代のデモクラシー』(岩波新書)である。この本を担当されたOさんは、若くして新書編集部の編集長になられた方である。僕にとってはじめて自分より若い編集者であり、気づいたときには何となく友人のようになっていた。おそらく研究者になっても大成したのでは、と思わせる問題意識タイプの編集者であるが、この本の基本コンセプトを相談していて、「これでいけますね」と言ってもらって勇気づけられたことを覚えている。のんびりしているように見えるOさんだが、実は結構きびしく、最後の頃は毎月、さらには毎週原稿の取り立てに来られた。しかも若手敏腕編集者のYさん(いつも三つ揃えだった)が一緒で、とってもプレッシャーだった。最後は一節ごとに原稿をとりたてられた。ほとんど浪速金融道であった。


 5冊目は、最近刊行した『民主主義のつくり方』(筑摩選書)である。あ、いま気づいたけど、僕はこれまで、全部違う出版社から単著を出しているな。担当編集者のIさんは、実はとってもつきあいが古い。前からお話をいただいていたものの、なかなか書けずに時間ばかりが経過してしまった。Iさんも聞き上手で、毎回、いろいろ話すのだけれど、なかなか本にならない。とても若々しく(昔、バンドをやっていたらしい)、いつも目の中に星をかがやかせて話を聞いてくれるので、申し訳ないなあ、といつも思っていた。このIさんが後述する『西洋政治思想史』を書き終えた頃、まなじりを決して、「いよいよです」と迫ってこられて書いたのが、この本である。Iさんはいつも熱意いっぱいで、ツイッター、ブックフェア、トークイベントと企画して下さる。この本が読まれているとすれば、Iさんの熱意ゆえであると思う。


 最後、6冊目が『西洋政治思想史』(有斐閣)である。ここはSさん+Iさんのコンビで、前からずっと研究室に通って下さった。Sさんは昔気質の人情タイプで、「ぜったい、通史なんて書けませ〜ん」という僕を根気づよく説得して下さった。Iさんは実直タイプで、本の書誌情報を含め、ともかくていねいに作業して下さった。なんとかこのお二人の攻勢をかわすべく、『政治学をつかむ』の編者や、『現代アメリカ』の分担執筆をして、「これで勘弁してもらえるかなあ」と思っていたら、やはり「さあ、いよいよ『西洋政治思想史』です」とせまってこられた。おかげで、この2年ほど、毎朝、4時か5時に起きるという生活が続いている。勤勉になって良かった気もするが、いやはや。


 世の中、すべて出会いである。こういう編集者のみなさんに会わなかったら、こういう本を僕は書いてこなかったと思う。