ゲイル先生

 三人目はゲイル先生である。アメリカに来てからしばらくして、英語の個人レッスンをお願いしたのが彼女である。S先生のパートナーでいらっしゃるが、結果として、ゲイル先生の方とより多く会うことになった。


 このレッスン、自分としての決まり事として、まず最初にスピーチをすることにした。時事ネタや自分のその時々に関心のあることなどを、5分くらいしゃべった。これはなかなかに勉強になったし、英語で話す話題のストックとして役立ったと思う。


 が、5分で終わることはほとんどなかった。ゲイル先生はしょちゅう、鋭いツッコミを入れてくる。話題としてどうしても日本社会のことになったが、そのたびに「なぜ、日本人はそのように考えるのか」「なぜそのような仕組みは変えることができないのか」など、自分に関心のある分、ついつい熱くなるのだ。あるとき、レッスンをふと耳にしたA-sanは、「あれで英語のレッスンになっているのかしら」と感想をもらしたほどだ。


 ゲイル先生は筋金入りのリベラル派である。あらゆる争点について、明確な意見をもっている。だいたい日本のリベラル派の場合、その意見はときに「建前」っぽくなる。そこを「本音」に依拠する保守派につつかれるのだが、ゲイル先生の場合、そのようなすきはみじんもない。実際、マイノリティや外国人のための支援活動に熱心な彼女は、いわば口だけでなく、体で思想を体現している。


 快活で有能な英語教師であったゲイル先生は、僕にとって、もっとも身近な信頼できる相談役であったし、議論のパートナーであった。英語自体どれだけうまくなったかはわからないが、少なくとも、込み入ったややこしい内容でも、思い切って英語にする勇気を与えてくれたのは彼女である。


 思えば週1回の彼女のレッスンこそが、僕のイサカ生活の基本ペースであった。そのペースが失われたいま、何だか諸事どうも心もとない。