聞き書き

 僕は元来思想史の研究者なので、研究対象はもっぱら歴史上の存在である。とうぜん、生きている人間を対象に研究を行うことはほとんどない。


 しかしながら、職場の共同研究においては、そうも言ってられない。幸い、聞き取り調査のプロがたくさんいるので、突貫でトレーニングを受けた。


 結局のところ、書いた論文は、あくまで思想史のスタイルである。にもかかわらず、聞き取り調査の面白さのようなものも、何となくわかった気がする。


 今日、何となく宮大工西岡常一のインタビュー本(『木のいのち 木のこころ』(新潮文庫))と、NHK教育番組の放送テキスト『井村雅代 私はあきらめへん』を読んで、あらためて聞き書きの面白さを感じた。「最後の宮大工」である西岡も、女子シンクロナイズド・スイミングの鬼コーチである井村も、その人自身が語る言葉が面白いことは言うまでもない。でも、やはり二つの本とも、聞き取りを再構成して文章化したライターの力も大きいと感じた。


 聞き書きは、おそらくは自分自身で筆をとることはないであろう人物から話を聞き出し、それを組み立て直し、再編集して文章化する。この作業は、それ自体クリエーティブな営みである。


 このことを知ったのも、今回の共同研究の成果の一つである。ちなみに、この研究の最後の大イベントである報告会が明日行われる。