『移動祝祭日』

 これも今月の新刊だが、ヘミングウェイの『移動祝祭日』の新訳(新潮文庫)を往復の電車で読む。

移動祝祭日 (新潮文庫)

移動祝祭日 (新潮文庫)


 正直いって、ヘミングウェイは読まず嫌いだった。なんだかマッチョなおじさんという印象が強くて食指が動かなかったのだ。


 でも、この本は、彼の青年期のパリ滞在記である。しかも、彼の住んでいたムフタールの商店街や、よく散歩したリュクサンブール公園、お気に入りのカフェ、クロワズリー・デ・リラはいずれも、僕が住んでいたアパルトマンの近所である。要するに、彼の行動圏はちょうど、僕の行動圏と重なっているのである。なんとなくなつかしくなって、読んでいく。


 やはり、正直いって、僕の趣味の作家ではない。しかしながら、死を直前にした距離感が、青春記のなまなましさを緩和してくれる。そして何より、若き日の彼の「何かを書きたい」という情熱は、掛け値なしのほんものであったと思う。


 エピグラフによれば、若者の頃にパリで暮らしたものに、パリはその後もついて回るという。パリは移動祝祭日なのだそうだ。僕がパリに暮らしたのは「若者の頃」とは言い難いし、およそ地味な生活しかしなかった。それでも、パリはついてくるのだろうか。