バス

 うちの近くを走っているバスの運転手には、どうも無口な人が多い。お客に何を言われても、ごにょごにょとしか答えない。ときどき、妙におしゃべりな人もいるが、出来るかぎり客とは話すまいと、心深く決意しているかのような人もいる。


 が、会社からの指示だろうか、乗車時にお客がお金を払ったり、PASMOを出したりしたときには、最低限、何か言おうとする。ただ、なるべく省エネしたいのか、「(暗く)はーい、はーい、、、」という人もいるし、もっと簡略に「ん、ん、ん、、、」ですます人もいる。なかには「んげ、んげ、んげ、、、」としか聞こえない人もいる。ほとんどカエルである。


 僕がのったなかで、もっとも陽気だったのは、ロサンゼルスのバスである。ロサンゼルスは、車会社の陰謀で、見事なくらい公共交通機関がない。車に乗らない人の存在をほとんどカウントに入れていないのだ。したがって、わずかに存在するバスに乗る人も、車を持たない低所得者や移民が多い。なかなかに独特な世界である。


 僕はあるとき、毎日のように、このバスにのったことがある。ある日のこと。乗ったバスの運転手は歌っていた。鼻歌を歌っていたのではない。マイクを使って熱唱していた。バスを運転しながら。ヒップホップのような歌を、車内にとどろかせながら運転していた。そのノリで、「ヘーイ、次止まるぜ。イェーイ、ヒュー」と叫びながら運転する。当然、むちゃくちゃ荒っぽい。呆然としたが、車内の人たちは、無表情に、自らの運命を甘受していた。うん、陽気というより、アブナイ世界であった。


 いや、世界は広いな。「んげ」から「イェーイ、ヒュー」まで。いや、実に世界は広い。