テレビドラマ『華麗なる一族』が最終回を迎えるという。キムタクが主演ということで話題になったこのドラマ、僕は実はかなり不幸な出会いをしている。元々テレビはあまり見ない上、たまに見るのはニュースかスポーツくらいである。ところが何の気まぐれか、このドラマの最初の回か二回目くらいをたまたま見てしまったのだ。ところが、そのとき、見てしまったのが、北王路欣也とキムタク演じる運命の親子が、豪邸の庭の池で巨大な鯉を見るというシーンだった。これは実に不幸なことであったと言わなければならない。伝説の鯉がまさに現れた瞬間、画面に映ったのは、あまりにプアなはりぼてのおもちゃだった。これを見て「鯉だ、鯉だ」と騒ぐ二人に、「う〜む、これはつらいドラマだなあ」と思ってしまったわけだ。


 ということで以後見ることがなかったのだが、先週再度ちょっとだけ、このドラマを見てしまった。裁判シーンのようだった。クライマックスシーンのようだが、ストーリーがわからないので、何とも言えない。


 でも、キムタク演じる若き事業家が高炉建設への思いを語ったシーンだけは、ちょっと関心を持ってしまった。釜石に何度か行き、そこで製鉄という仕事がかつて持った巨大な意味、そこでの高炉の持つ象徴的重要性を感じていたからだ。製鉄というものに多くの人が傾けた思いというものは、なんとなくわからないでもない。それは近代国家の恐るべきリヴァイアサンの一つの化身だったのだろう。近代日本の歴史を振り返るとき、製鉄が持った政治的・精神的な意味というものを思わざるをえないのだ。山崎豊子の小説というのもいつもどうにもこうにも仰々しさを感じてしまうが、その彼女が製鉄という素材を選んだのは、一つの見識だと思う。