やればできる、か?

 恒例の研究会。アンソニー・ギデンズについて集中的に議論した。「第三の道」のみ名高くて、実は政治学者はきちんとこの人を論じていないのではないか、という問題意識から様々な論点について考える良い機会となった。ポスト伝統社会に生きる個人に対してギデンズが期待するもの、それでとデモクラシーとの関係、伝統的な社会主義者とギデンズとの違い、デモクラシーを可能にする新たなフレームワーク、などなど。良いにつけ悪いにつけ、この人の議論を前提に現代の社会理論は展開せざるをえない。何を受け止め、どう乗り越えるか。


 司法試験の伊藤塾の広告に「やればできる、かならずできる 伊藤真」と大きく書いてあった。Daichiはなぜかこれを読んで、あるときいきなり「やればできる、かならずできる」とつぶやいた。「その後の漢字は何て読むの?」と聞かれたので、「いとうまこと」と教えたら、「やればできる、かならずできる、いとうこまと」と言うようになった。以後、なぜかお気に入りのフレーズになったようだ。が、親としては、自分にむかってプレッシャーをかけられているようで、あまり平穏な気分ではいられない。世の中、なんでもがんばればできるというわけではない。その点はきちんと踏まえておいて欲しい。