近代日本に対するフランスの知的影響

 今年は非常勤講師としてG大学で教えることになった。テーマは19世紀以降のフランスの社会と思想である。そのイントロに何の話をしようか、考えている。相手が仏文の学生さんなら、ある意味、悩む必要はない。しかし、法学部でそういう話をするとなると、いったいなぜフランスの19世紀以降の政治思想を話す意味があるのか、ということになる。


 そこで近代日本にとってフランスがもった知的意味というものを考えてみる。フランスの日本に対する知的影響というと、圧倒的に文学など芸術方面の印象が強いが、幕末から明治初期にかけては、むしろ技術、軍事、法律、政治といった分野での影響が見逃せない。政治的党派別にいうと、自由党系はフランス、改進党系はイギリス政治思想の影響を強くうけていたが、後に政府がドイツを重視したのも、これらへの対抗という側面があった。ある時期まではフランス政治思想は、日本においてかなり重要な意味を持っていたのである。10年にわたりフランスに留学し共和主義者たちと交流した西園寺公望や、アナキストの運動に参加して牢獄にも入れられた大杉栄(ちなみに彼が入れられたサンテ監獄は、僕のフランス留学時代のアパルトマンの近くだ)のフランス体験も、押さえておく必要がある。


 問題は、そういう知的影響を、今日においてどう評価するか、である。なかなか面白い論点だが、どうも講義のイントロにはおさまらないかもしれない。