幕末・維新

 井上勝生『幕末・維新』(岩波新書)を読む。なぜ、今頃岩波新書が新しい日本近現代史のシリーズを、と不思議に思い手に取った。


 やはり日本史の世界でも新資料による歴史解釈の変更は進んでいるようだ。この本を読んでそのことを実感した。結果として、だいぶ従来とは異なる幕末・維新史になっている。従来のイメージだと、幕府は明治維新直前には統治能力を失っていたことになっているが、この本によると、その開明派官僚はきわめて柔軟で戦略的思考に富み、優れた外交交渉能力を持っていたという。また民衆の世界も地域によってはかなり経済的に豊かであり、自ら訴訟を行う力も持っていた。さらに、幕末の動乱において、徳川慶喜はきわめて巧妙に立ち回り、結果として薩長の側は守勢に追い込まれ、その政治行動は一か八かのものであったこと、また従来早くから倒幕勢力に肩入れしたとされてきたイギリスの姿勢が実は一貫したものではなかったことが明らかにされている。


 こういう話を進めると、じゃあ何で幕府が倒れたんだという話になるけど、いくつもの偶然の積み重なりの結果であって、必然的なものではない、ということになるんだろうな。


 それ以外にも、従来、司馬遼太郎によって明治維新後はまったくさえなかったとされてきた木戸孝允が、急進改革派のリーダーとして描かれていることなんかも目新しい。あと、明治維新直後の制度構想において、アメリカの政治制度がかなり愚直に参照されていることも、今『ザ・フェデラリスト』を読んでいる僕には面白かった。


 ともかく、明治維新以前において日本社会はかなり成熟しており、明治以降の近代化を支えたような諸要素はすでに江戸社会において準備されていた、というのが、本書の基本的な主張である。まあ、最近の日本史研究のトレンドなんだろうけど、新鮮ではある。