筑紫哲也

 筑紫哲也さんが亡くなった。僕にとっての彼のイメージは、ほとんどがニュース23のものだ。朝日新聞記者時代、朝日ジャーナル編集長時代というのは、ほとんど記憶がない。


 言い換えれば、彼のイメージは、彼が書いたものではなく、テレビでしゃべったものから来ている。正直いうと、僕はテレビキャスターとしては、久米宏の方をかっていた。端的にいって、久米の方が面白かったのである。それと比べると、筑紫のイメージは、ある種の「正論」をいう人ではあるが、どうもまだるっこしい人、というものだった。何か肝心なことを、ずばりと言い切らないというイメージがあった。久米の方は、スベることも多かったが、少なくともより果敢に見えたのだ。


 が、その後、テレビに限らず、新聞でも、「正論」を言う人がいなくなった。安心感をもって話を聞ける人が少なくなった。いや、ほとんどいなくなった。そう思うと、彼がテレビの世界からいなくなったことに、大きな喪失感を感じざるをえない。


 思えば、筑紫、久米といた時代は、テレビニュースの黄金時代だったのだ、と思う。


 あまりに早すぎる死だった。