永井荷風

 最近、行き帰りの電車で読んでいるのが末延芳晴という人の『荷風のあめりか』。これがとてもおもしろい。荷風というと江戸趣味とか、フランス体験とか、よくいわれるわけだが、彼の文学の本質的な部分は、むしろフランスに行く前のアメリカ滞在中に形成されたものであるということを、荷風の『あめりか物語』などの分析と現地調査を踏まえ、徹底的に論証している。同じ著者の『夏目金之助ロンドンに狂せり』もしばらく前に読み、日記と作品の関係についての徹底的な分析に感心したが、この作品も劣らず迫力がある。


 荷風の思考のもっとも本質的な部分はどのように形成されたのか。それを江戸でもフランスでもなく、アメリカに探っている視点がユニークであり、しかもその主張はかなりの程度説得的である。これぞ文芸批評、という作品である。


 アメリカとフランスの二つの知的世界の交錯においてものを考えるというのは、僕にとって重要なテーマだが、こうしてみると、永井荷風というのは、そういう思考の実に偉大な先駆者である。荷風が僕にとって急におもしろ人物に見えてきた。