林芙美子

 本日は釜石についての研究会。最近、釜石づいているが、そもそもフランス研究者の端くれであるはずの僕がなぜ釜石のことを調べなくてはならないのか、今ひとつもふたつわからないのだが、ええい、のりかかった船ということでがんばっている。


 ちなみに釜石については林芙美子による「東北の上海」という表現がある。釜石のある博物館での説明では、釜石は日本各地からの出身者の集まりで、あたかも上海の租界のような国際都市の趣がある、という趣旨とのことだった(気がする)。ということで、僕自身、釜石は多様な土地の出身者が集まる場所で、だから開放的な文化の伝統があるなどと、うけうりであちこちに書いていた。


 が、今日、その出典である林芙美子の『波濤』についての研究会をしてみたところ、実は、単に高炉の火が赤々と燃えている夜の風景が上海のようだ、という文章が一カ所あるだけである。「東北の上海」という表現も見つからない。むむむ、やはり一次ソースにあたらないでものを書くのはだめだな。この言葉をネットで検索をかけても、最初にヒットするのは、僕らの書いたホームページらしい。これはなんというか、調査者がお話を作り上げてしまう典型例かもしれない。あぶないあぶない。