ネグリ来日

 ネグリの講演会に行く。学術会議の方は抽選に外れたが、国際文化会館の方は会員なので優先して受け付けてもらえた様子。ありがたい。


 終わった後のお別れ会(明日、日本を発つとのこと)にも、会館のご厚意で参加させていただく。僕がフランスにいる頃にはネグリは半拘束状態にあったし、アメリカにいるときのコーネルにおけるコンファレンスでも、スカイプでの参加だった(アメリカに入国できないし)。直接会って話すのははじめて。ようやく会えた、という気がする。会ってみると、左翼の闘士というより、気さくないいおじいさんという感じ。なので後はネグリさんと書く。


 ネグリさんはかなりお疲れだったし、英語でのやりとりはやはりおっくうな様子。ところがフランス語で話しかかけると、がぜんスイッチが入る。ヨーロッパにおける左派とリベラルの関係(やはりネグリさんは自分はトクヴィルではなくマルクスを選ぶ、という)とか、ネグリさんにとってのポーコックの重要性とか、17世紀政治思想へのご関心とか、とても面白かった。


 ちなみに僕は『帝国』出版当時フランスにいたので、フランス語版で読んだ。韓国人と日本人の友達3人で読書会をやった思い出の一冊だ。サインをしてもらうためにこのフランス語版をもっていくと、「おや」という顔をする。いきさつを話すと、にこにこ聞いてくれた。やっぱり、何だかいいおじいさんという感じだ。


 肝心の講演会だが、「地政学」というのはちょっと無理なお題だったかもしれない。ネグリさんの関心はやはり、ヨーロッパ、そして南米にある(南米の民主化についての高い評価が印象的だった)。東アジアについて姜尚中さんが熱心に聞いたが(アジアに残る冷戦構造、東アジア共同体に向けての推進力の欠如、日中韓ナショナリズムの相克など)、レスポンスはやや一般論にとどまった印象(ただし、ヨーロッパのイギリスと、アジアの日本が弱い環であるという指摘にはどきりとしたが)。やはりこの問題には、アジアの人間から主体的に問題提起していくべきであり、ネグリさんからウェルメイドな答えを期待する方が間違っているだろう。


 また「原発国家」の問題についても、今日の講演会では、「原発国家とマルチチュードは両立しない」という以上は、とくに掘り下げられなかった。いずれにせよ、この問題も日本の側からこそ、世界に発信していくべきテーマである。


 それでもネグリさんの欧州統合への両義的な思い(第一次、第二次大戦でご家族を含む多数の死者を出したことからも、倫理的な意味での欧州統合は一貫して支持してきたが、政治的な意味では、新自由主義的なイデオロギーの下での再ヒエラルキー化には断固として反対するという。オルド自由主義にも言及)が聞けたのは面白かったし、マルチチュードアイデンティティ/ソリチュードの三題話(マルチチュードアイデンティティを否定する。またソリチュードから脱出するためにこそ、マルチチュードがある。そこに「希望」と「愛」がある)も、味わい深かった。あと質疑応答で出た「なぜレス・プブリカでなくコモンウェルスなのか」という問いへの答えも、個人的には関心を引きつけられた(やはり「コモンズ」という英語特有の表現が重要であり、国家形態ではなく、財産の共有こそが大切)。


 個人的には、とても楽しかったし、意義のある講演会だったと思う。何より、自分はやはり、(その主張に100%賛成というわけではないが)ネグリさんという人物が好きなのだ、と再確認した。